「金融労働調査時報」NO.651 2004年12月 銀行労働研究会

郵政民営化の政治経済学

   山田博文 (群馬大学教授)

郵政民営化は、現内閣の最優先課題として閣議で決定された。日本郵政公社は、2007年4月から、郵便貯金銀行、郵便保険会社などの巨大株式会社に分割民営化されようとしている。
だが、はたして郵政民営化は、この国の目下の国民のニーズを反映しているのだろうか。
いま、わが国の経済社会は、長期大不況の下にあり、300万人を超える記録的な完全失業者を抱えている。不況の克服と暮らしの安定を実現することが国民の切実なニースのはずである。これが最優先課題のはずである。
なのに、なぜ郵政民営化が最優先されるのか、まず、その事が問われるべきであろう。
そもそも郵政民営化は、国民のニーズを反映していないのであれば、郵政民営化を推進しょうとする原動力は、民営化によって大きなメリットを享受する勢力の優先課題であるにちがいない。
郵政民営化によって大きなメリットを見いだすのは、2つの関連業界・勢力のようである。
まず第1に、内外の民間金融機関は、郵政民営化によって大きなビジネスチャンスを獲得する。というのも、ほぼ230兆円の郵貯と120兆円の簡保とが、公的な規制と保護の枠組みを解体され、市場経済の競争にさらされるので、内外の民間金融機関は、民営化によって新しく誕生したこの巨大預貯金・保険市場の分割合戦に参入できるようになるからである。
それだけではない。郵政民営化は、その規模から推測しても、かつてのNTT株式の売出を上回る数千万株の郵政民営化株式の売出をともないので、これによって内外の証券会社や投資銀行は、国家相手の証券ビジネスの恩恵にあずかり、巨万の手数料収入を見込める。
第2に、政府・財務省にとって、郵政民営化は、財政赤字を補填する有望な新規財源となる。数千万株の売出が予定されるであろう郵政民営化株式の売却代金がいくらになるのかは、将来の株式市場の動向によって決定されるので、いま確かな金額は不明である。そこで、過去の民営化株の売出の事例をNTT株にもとめると、NTT株式の売出によって政府・大蔵省(現財務省)が手にした売却収入金は、10兆円であった。それは、当時、破綻状況に陥っていた国債償還財源に繰り入れられた。ちなみに、この10兆円という新規財源は、現行消費税5%によって政府が手にする税収に等しい。
つまり、たとえていえば、郵政民営化株式の売出がNTT株式の売出と同額になるならば、それは、深刻な財政赤字に陥っている政府・財務省にとって、消費税をさらに5%アップするのと同額の新規の財政資金を約束してくれることになる。
郵政民営化は、長期化する経済不況下において業績の低迷に苦悩し、新しい市場の拡大を求める民間金融機関にとって大きなビジネスチャンスを与え、また、これまでの放漫財政を許し、深刻な財政赤字(来年度で国と地方の合計で774兆円、国民1人当たり606万円の負担)に陥っている政府・財務省にとって、一時的であるとはいえ、巨額の新規財政資金をもたらしてくれる。